なぜウエストサイド・ヒップホップは「ネルシャツ」を纏うのか?

1990年代、テレビに映るスヌープ・ドッグやN.W.Aのメンバーは、ニューヨークのラッパーたちが着るようなモコモコのダウンジャケットではなく、パリッとプレスの効いたネルシャツに身を包んでいました。

なぜ、カリフォルニアの照りつける太陽の下で彼らは厚手のウールシャツを選んだのか?そこには、隣接するチカーノ文化への敬意と、ストリートを生き抜くための「誇り」が刻まれています。


1. 源流は「チョロ(Cholo)」文化:持たざる者の正装

この文化を語る上で欠かせないのが、メキシコ系アメリカ人の若者たちによる「チョロ(Cholo)」文化です。

ヒップホップ史のバイブルと呼ばれる名著ジェフ・チャン著『キャント・ストップ・ウォント・ストップ』でも、西海岸における黒人とチカーノ(メキシコ系)の深い交流について触れられています。

彼らは決して裕福ではありませんでしたが、安価で頑丈なワークウェアを、アイロンをピシッとかけて「清潔(Clean)」に着こなすことで、「金はなくても、自分を律する誇りは捨てない」という美学を貫きました。その「強くてクールな佇まい」に当時のラッパーたちが共鳴し、自分たちの戦闘服としてサンプリングしたのが始まりです。

2. 「色」が語るアイデンティティ:青と赤の境界線

ウエストサイドにおいて、ネルシャツの「色」は言葉よりも早く、その男の素性を周囲に伝えました。

  • ブルー(青): 「クリップス(Crips)」の影響下にあるエリアの象徴。
  • レッド(赤): 「ブラッズ(Bloods)」の勢力圏の象徴。
  • モノトーン(黒・グレー): 特定の対立に属さない、あるいはストリートのプロフェッショナルとしての沈黙。

かつてはシャツの色一つが命に関わる境界線として機能していました。現代で着る際にはそこまでの緊張感はありませんが、その重みを知って袖を通すだけで、着こなしに「深み」が宿ります。

3. ウエストサイドの黄金コーデ:細部に宿るこだわり

ネルシャツを主役とした、当時のラッパーたちが徹底していたスタイルがこちらです。

トップボタン留め(Cholo Style)

一番上のボタンだけを留める独特の着こなし。襟元を絞めて隙のない「戦士」を演出しつつ、下のボタンを開けて腰周りの動きを妨げない、実戦的な意味合いがあります。

インナー:真っ白な「ワイフビーター」

ネルシャツの下には、白いリブ編みのタンクトップを合わせるのが鉄則。これを汚れ一つなく真っ白に保つのが、ストリートの規律(プライド)でした。

ボトムス:プレスされた「ディッキーズ 874」

ワークパンツを数インチ大きく選び、センタープレスをガチガチに効かせて履くのが粋とされました。

足元:コルテッツとハイソックス

ナイキの「コルテッツ」に、膝下までピンと伸ばした真っ白なハイソックス。このシルエットこそがウエストサイドの象徴です。


4. 初心者が今すぐ取り入れるためのヒント

「ウェッサイ・スタイルを始めたいけど、何から買えばいい?」という方に、失敗しない3つのステップを提案します。

  1. まずは「グレー×ブラック」のチェックから: 色の主張が強すぎないモノトーン系なら、日本の街中でも浮きすぎず、大人っぽい「大人のストリート」が完成します。
  2. サイズは「ワンサイズ上」: 少し肩が落ちるくらいのオーバーサイズを選び、厚手の生地感のもの(ペンドルトンなど)を探してみてください。
  3. 一番上のボタンだけを留めてみる: いつものシャツを、一番上だけ留めて羽織ってみてください。鏡に映る自分が、少しだけタフに見えるはずです。

一着のシャツが、あなたの「鎧」になる

ジェフ・チャンがその著書で記したように、ヒップホップとは「何もないところから、自分たちの価値を作り上げること」です。

高級ブランドを買い漁らなくてもいい。労働者の服を、誰よりも誇り高く、ピシッと着こなす。その「持たざる者のクリエイティビティ」こそが、ウエストサイド・スタイルの真髄です。

さあ、歴史を纏いに行こう。一着のネルシャツが、あなたの内なる自信を呼び覚ますはずです。