日本のHIP HOPシーンを作ってきたラッパーは数多く存在しますね。今回はそんなラッパーの中から般若を紹介します。
般若は、1978年10月18日生まれ、東京都世田谷区出身のラッパーで、2019年にはワンマンで武道館公演を成功させるなど、不動の地位を確立したラッパーの一人です。
彼が高校生だった1990年代中盤は、まだHIP HOP黎明期。当時はEAST END×YURIが売れた程度で、HIP HOPといえば色物のような雰囲気もありました。
般若はそんな時代の中でDJを目指していましたが、盛り上がりつつあるシーンの中でラッパーに転身した経歴を持ちます。
ラッパー転身後は妄想族でのユニット活動も展開しますが、ソロとして2000年9月にシングル「極東エリア(CULTURE OF ASIA)」でデビューし、これまでに6枚のシングル、13枚のアルバムをリリース、一時はポニーキャニオンに所属、長らく昭和レコーズに所属しましたが現在は、自ら「やっちゃったエンタープライズ」を主宰しています。
2005年リリースのセカンドアルバム「根こそぎ」ではオリコン最高32位にランクするなどアーティストとしてポジションを確立していた般若の名を一気にメジャーにしたのは、やはり「フリースタイルダンジョン(テレビ朝日)」の出演とそこでの存在感や迫力でしょうか。般若が繰り出したラップはスキル以前に、表情や信念、その佇まいから溢れるオーラや魂を宿しており、まさに「ラスボス」そのものでした
そんな般若だからこそ、ABEMAで配信されたフリースタイルモンスターのCIMAとのバトルでは、ややアウェイの会場を開口一番「うるせぇー!」の魂の叫びで一気に自分のものにしてしまう破壊力を見せつけましたね。これほどの存在感を示す般若、楽曲はどのような感じなのでしょうか?
ここからは、般若の公式YouTubeから「おすすめの曲5選」を紹介したいと思います。
FLY
まず紹介するのは、般若の4枚目のアルバムである「ドクタートーキョー」に収録された「FLY」。
この曲は一人の人間の人生や上京前後の環境や心情を綴った歌で、オフィシャルMVに映るひび割れたiPhoneの画面は、登場人物の心を表すかのようです。
夢や希望、自由や解放を求めて東京に集まる多くの人。何食わぬ顔をして街を歩く姿からは想像もできない苦しみや悲しみなどを抱えながら、それでも生きることからは逃げられないというひとつの物語として構成されたリリックは、どっしりとした男らしく優しいトラックに乗って聴く人すべてを抱擁します。
「色々あるよな。生きていくことの苦しみからは逃れられないけれど、それでも強く生きてくれ。俺が黙って見ているから負けんじゃねぇ」という般若の熱き魂の叫びが聞こえてきそうなこの曲。
サビの「それでもFLY 行く当てもない この街をFLY 求めてもない」というフロウに近いラップが、人間が抱える何らかの負を空に飛ばしてくれるかのようです。
土砂降りでも
次に紹介するのは2021年3月に配信限定でリリースし、後の「笑い死に(2022年リリース)」に収録された「土砂降りでも」。
土砂降りでも諦めずに生きてやる、という反骨精神や逆境に立ち向かう前向きな魂を込めたこの一曲は、コロナ禍で疲弊する自らや世間に向けてのメッセージソング的位置づけだと思います。
この曲は、BADHOPのベンジャジー、OZUROSAURUSのMACCHOとのRemixも有名で、「今日は雨 傘などない 晴れてくれるな まだ 別に降ってて」というフロウで、「晴れることのない逆境なんて上等だ」という敢えての強がりを見せるところが般若らしい、「壁にぶち当たったときに聴きたい一曲」です。
ぶどうかんのうた
続いては10枚目のアルバムに収録した「ぶどうかんのうた」。
アーティストとしての自伝のようなこの歌は、憧れだった武道館でのライブに突き進んでいく般若自身の想いが綴られています。軽やかなピアノを主体としたトラックと軽快に踏み込んでいく韻が気持ちよく仕上がっていますね。
ここでのラップはHIP HOPの王道スタイルである「俺が、俺の」を主体としたもので、自らのリスペクトする長渕剛やブルーハーツを登場させたり、「Zeebra、KREVA、ライムスター、AK、スカイハイ みんながあそこでやってんの見て」と比べつつも、裏に隠れた「お前らにはぜってぇ負けね」という反骨精神もろ見えのバースをぶち込んだりと躍動する般若。アーティストとしての般若のひとつの節目になるこの曲は外せないでしょう。
やっちゃった
次は2枚目のアルバム「根こそぎ(2005年リリース)」収録の「やっちゃった」。 ここまで紹介した楽曲とは一線を画し、POPなトラックとリズム、ラップでまとめたコミカルな一曲。男なら何となく誰にでも起こりそうな出来事から「そこまで言っちゃう?」というふり幅のことまで、ノリよく聞けるこの曲は、その後何度か後発のアルバムに収録され、自身の主宰するレーベルの名前に「やっちゃった」を使用するなど、ある意味では般若の真骨頂的な意味もある楽曲です。
「旅の恥は掻き捨て」と言わんばかりに、「やっちまったことはクヨクヨしないで吹き飛ばそう」という般若のモットーなのかもしれませんね。
うまくいく
最後は現時点での最新アルバム「笑い死に」に収録された「うまくいく」。
般若の得意のパターンでもある、流れるようなきれいなトラックに強烈に前向きな「俺らは絶対うまくいく」という魂の叫びと世の中へのメッセージを乗せた、唱えるようなラップが印象的な楽曲です。
2022年で44歳になった般若が、44年間生きてきたからこそ言える、重みや説得力のあるラップにできる、まさに今の般若にしかできない落ち着きつつも熱いラップを体現したともいえる作品です。
まとめ
このように、反骨精神や熱さの際立つ般若ですが、他のアーティストに対してのビーフにも積極的。
「日本で最初に日本語ラップを確立した男」と言われるK DUB SHINEに向けたビーフは早い時期から行われており有名です。2003年にDABOの楽曲「おそうしき」の中で、「渋谷のあの人ありがとー 取り巻きも生き恥だよー」とK DUB SHINEをDISったのが事の始まりでした。
当時主流だった日本語ラップを確立した人間に対しての挑戦なのでしょうか。または、レジェンドがのさばってしまうことでシーンが活性化しないことへの般若なりの反骨精神なのでしょうか。ここでも般若の「魂の叫び」がさく裂したのかもしれません。K DUB SHINEに対してはその後数回のビーフを行っています。
般若は後に、KREVA、湘南乃風、加藤ミリヤなどもDISっていましたので、大きなセールスをあげて成り上がって、結局は資本主義の中心にいることに甘んじているように見えることに異議を唱えての行動だったのではないか、と個人的には解釈しています(湘南乃風に対しては、自身が敬愛する長渕剛の「巡恋歌」を冒涜したと痛烈に批判していましたので相当ですね)。
ほかにも、自身のアルバムなどを通して援助交際や警察の汚職、大麻に溺れるアーティスト、薬物の使用に関してなども独自の意見を明確に発信するなど、自らの信念や姿勢を一切ぶらさない般若からは、ある意味、矢沢永吉氏のような芯の強さすら感じられます。
そんな般若だからこそ、2022年には児童虐待を防止するために「FOR CHILDREN PROJECT」を設立するなど、アーティストに留まらない活動も行えるのでしょう。設立のきっかけは、自身の自宅近くで虐待死した女子の搬送される姿を目撃したことにあり、本人の魂の叫びに従ったストレートな行動ともいえるでしょう。
ラップでも楽曲でも、その他の活動でも、自らの信念に従った熱き反骨精神を芯に据えてブレない般若。
実は、父親が韓国人、母親が日本人という在日のハーフでありこのバックボーンが般若の反骨精神や熱さなどに通じるのではないかと思います(個人の意見ですがレゲェDEEJAYの韓国籍のチェホンからも同じような反骨精神を感じます)。
テクニカルに韻を踏んで作り込むラップというよりは、自身の心の中にある感情や生活、自身の経験、自身が切り取った人間の感情や生活の中から生まれる視点での「生きる」を詰め込んだような熱いラップは、聴く人の心にどんどん染み込んできますね。
元DJである般若のラップを含めた楽曲は、全体をしっかりと構成していく印象もありアーティストとしての側面もありますが、これを機に、ラッパー般若をチェックしていただけると嬉しいです。