現代のスケートボードが五輪の表彰台に輝く姿を見て、先人たちは何を思うだろうか。
80年代、カリフォルニア。スケートボードはスポーツなどではなく、社会から排斥された「はみ出し者(アウトサイダー)」たちの狂気的な儀式だった。
西海岸の狂気:コンクリートを切り裂くパンクの「牙」
1. 聖地バッドランズ:不法侵入とプールの轟音
70年代後半の干ばつが、ロサンゼルスの住宅街に無数の「空っぽのプール」を生み出した。スケーターたちはフェンスを飛び越え、犬に追われながらも、乾いたコンクリートの底へとドロップインした。
そこにあったのは、爽やかなサーフ文化の残影ではない。プールの縁(コーピング)を削る際に鳴り響く、地響きのような轟音だ。
伝説のスケーター、ジェイ・アダムスは言った。「滑るために生きたんじゃない、死なないために滑ったんだ」。この「死と隣り合わせの遊び」を駆動させたガソリンこそが、ハードコア・パンクだった。
2. 「SKATE AND DESTROY」―― 鼓膜を突き破るアンセム
80年代の西海岸シーンにおいて、デッキは「楽器」であり、路面は「ステージ」だった。
Black Flag のヘンリー・ロリンズが吠え、Suicidal Tendencies のマイク・ミューアがヴェニスビーチのギャングスタ・パンクを体現する。BPM200を超える速さで叩きつけられるドラムが、スケーターの恐怖心を麻痺させた。
「SKATE AND DESTROY(滑って壊せ)」。この『Thrasher Magazine』が刻んだ言葉は、単なるキャッチコピーではない。「大人たちが作った街を、俺たちのスピードで解体してやる」という、文字通りの宣戦布告だったのだ。
3. 西海岸に沈殿する「純度100%の反骨」
90年代以降、世界がヒップホップに熱狂しても、西海岸の深部(サンフランシスコやLAの路地裏)では、このパンクの純度が守り抜かれた。
伝説の ジュリアン・ストレンジャー 率いる Anti Hero の連中を見ればいい。彼らは、高級ブランドとのコラボにも、煌びやかなメディアにも背を向け、ボロボロのトラックで全米を回り、誰もいないプールで狂ったように叫ぶ。
西海岸のスケートカルチャーには、今もなお「誰にも媚びない、1ルピーの得にもならなくても滑る」という、パンク由来の孤高の牙が隠されている。
東海岸の革命:NYの雑踏がサンプリングした「スタイル」
90年代。スケートボードの重心は、太平洋の波飛沫から、マンハッタンの煤けたアスファルトへと移る。そこで待ち受けていたのは、パンクの衝動を「ストリートの知性」へと昇華させる、ヒップホップとの運命的な邂逅だった。
1. 路上(ストリート)という名の「サンプリング・ソース」
ニューヨークには広大なプールなどない。あるのは、無数の歩行者、イエローキャブ、実直なまでのコンクリート、そして複雑な街並みだ。
ここでスケーターたちは、ヒップホップのDJが古いレコードを扱うように、街を「解釈」し始めた。
- 「ベンチは座るものではない、スライドさせる楽器だ」
- 「階段は降りるものではない、空を飛ぶためのキャンバスだ」
この「既存の価値をハックし、自分のスタイルに変換する」という思考回路は、ヒップホップのサンプリング文化そのものだった。
2. 『KIDS』の衝撃と、消えた伝説の物語
90年代NYの熱量を語る上で、映画『KIDS』を避けては通れない。ハロルド・ハンター や ジャスティン・ピアース といった本物のスケーターたちが、Wu-Tang ClanやNasを聴きながら、文字通り「街の王」として君臨していた時代。
彼らは白人のサブカルチャーだったスケートボードを、「多民族が入り混じるストリートの戦闘服」へと塗り替えた。バギーパンツの裾をなびかせ、ラジカセから流れる重低音に身を任せて縁石を叩く。その姿は、パンクの「怒り」を超え、ヒップホップの「クール」という新たな武器を手に入れた瞬間だった。
3. ラファイエット通りから世界へ ―― レコグニションの革命
1994年、ラファイエット通りに Supreme が誕生したとき、それは単なるショップではなかった。そこにはプロスケーター、グラフィティライター、地元のハスラーがたむろし、「いかに格好良く、いかに名前を売るか(レコグニション)」という野心に燃えていた。
パンクが「自分を壊す」ことだったのに対し、NYの融合が生んだのは「自分をブランドにする」という上昇志向だ。
西海岸から届いた「反骨の牙」を、NYの「洗練されたスタイル」で包み込む。このとき、スケートボードはついに「路上(ストリート)の王」としての地位を確立したのである。
コンクリートを愛するすべてのジャンキーへ
西海岸のパンクが骨格を作り、東海岸のヒップホップが血肉を通わせた。
我々が今、ストリートで目にするのは、40年以上前にプールを飛び越えた狂人たちの残像であり、90年代のNYでビートを刻んだ少年たちの夢の続きだ。
「街を壊すな、街で自分を表現しろ」。
この二つの海を渡ったカルチャーが教えてくれるのは、たった一つの真実だ。世界がどんなに変わろうと、路上のルールは、いつだって俺たちの足元にある。